そして、嵐は去った。
 村の祭りを直撃した猛烈な嵐は、象徴だったサクラの巨木を雷で引き裂き、村のほとんどを吹き飛ばし、雷と炎で焼き払い、傍若無人な怪物のように過ぎていった。
 裂かれ火のくすぶる巨木に少女は寄りかかり、空を見上げた。森に覆われていたこの村からも、何もかもが終わったような透き通り方をする空が見えることに、少女は思わず笑い出した。そして幼い頃に絵本で見た六色の帯に気付いた途端、涙が溢れてしまった。
 ニジ。虹。絵本によっては七色の帯で描かれるそれは、幼い頃こそ少女の心を満たしてはいたが、成長するにつれ彼女は気付いてしまった。
 虹は嵐や大雨の後にやってくるのだ。昔はそれでも前向きに取れたが、全てを吹き飛ばした嵐の後では、皮肉なものだ。
 確かに虹は美しいし、物語の中では祝福するものとして現れることも多い。――だが、少女ひとりしかいない、何もかもを天災で喪ったこの村に現れて、虹は一体何をしたいのだろう?
 もうここには、なにもない。
 家も、巨木も、少女以外の人間も、飼っていた動物も、畑も、外の世界を知らせる書物も、絵も、文化も、祖父らが大切にしてきた信仰も、そして彼女が恋した、あの巨木を恐れた青年も。
 何もかも、失われてしまった。
 巨木に突き立っていた、彼女の舞踏用の剣がかたわらに落ち、音も立てずに湿る土に沈む。
 少女ははらはらと涙し、表情のない虹だけが、それを見ていた。


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