断片 / トラッシュボックス

 またひとつ、無駄を処理した。
 掴みかかってきた《名前有り》を消しただけ。極めて合理的だと、彼女は思う。
 これが《名無し》であればそうはしなかっただろう。なぜならそれは、ルールで禁じられているから。今消した《名前有り》はその原則を破ろうとした。だから消した。それだけの話。
 ふと、足元が見えた。
 丸々と――不自然に肥えた身体が仰向けに横たわっている。《名前有り》だ。しかし、どんな名前だったか思い出せない。そういえば、ただ自分の欲望にだけは忠実だった。
 自分の手に届く範囲全てを、否定しようとした男。手に入れようとした男。手前勝手な論理で、世界をたった数キロメートル四方だと決めつけて、滅茶苦茶に掻き回して逝った。逝かせた。
 ……きっと、大した《名前》ではなかったのだろう。そう結論した。
 そういえばどうやって消したのか。
 醜く膨れた腹を誇示する背骨の先には、首がなかった。
 少し離れた位置に、頭がひとつ。
 赤色のサインは、どこにもない。
「……ああ」ひとりごちた。
「なんだ、そうやって消したの」
 他人事のように、彼女は呟く。
 彼女が、そいつを消したにもかかわらず。
「《名前》……そう、……――だったかしら」
 発音したはずの名前は、誰かが殺して吐息と化した。誰かが自分の言葉を禁止語として処理したように。
 ――――無駄は必要ない!
        手に入れたい物だけを、手に入れればそれでいい!
 ふと、そいつが口にした戯言を、繰り返した。
「無駄が必要ない、ですって?」
 彼女は、年若き少女は答える。
「いいじゃない、無駄が多くたって」
 そう、無駄があっても問題じゃない。
「無駄が詰まってるってことは、それだけ豊かなんだって。
 ……そういうこと、なんだから」
 少女は音もなく生首に歩み寄り、シックなスニーカーの爪先で軽く蹴り飛ばす。
 無駄を、処理する。
 ――自分の中に詰め込んで、自分を豊かにしてやる。
 振り抜かれた足首の先、撥ね飛ばされたヒトの頭部は、ごそりと既に消えていた。





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