からから。歯車は回る。
 私たちの営みをあざ笑っているのだろうか。

 くるくる。歯車は回る。
 決まりきったルーティンワーク。
 壊れられない日常のひとコマ。

 からから。歯車は回る。
 歯車にとって、変わらないことがきっと最大の幸せなんだ。



 ―――― prelude / Prime Links, Ordinary
(or Panic Lyric Obsession)

    ◇

 鋭い一筋に、眼が切り裂かれそうになった。
「はい、これ」
 親友の手が、暑さに屈服して机にしなだれる私の目の前に突き出される。握られているのは厚さ四分の一ミリの厚紙。体を起こして表面を確認すると、そこには『P.L.O. anniversary』の文字。
「PLO?」
 机の向こうでにこやかな表情を崩さない親友に、素の疑問を繰り出した。
「何、どっかのお偉いさんがわざわざパレスチナくんだりから来てくれるの? ……政治熱心ね、一咲」
「違うちがう。ロックバンド」
 ロックバンド? PLO?
「プライヴェート・ラブ・オーケストラ? ……いけないよ、あれは戻ってこれなくなるって」
「誰かさんの手紙、って曲は確かにあるけど。とぼけるのはちょおっとここまでにしないかな、優奈?」
 誰かさんの手紙。フー・メイ・レター。『幻詩狩り』という小説でちょっと出てくるバンドの名前だ。……虚構を現実に持ち出すとは、なかなか冗談が分かるわね。
「えーと、何だったっけ……」
 確か、最近有名になった無駄に名前の長いバンドがそんな感じだったような気がする。
「パニック・リリック・オブセッション。超有名じゃない、この頃は新曲全部がチャート一位総ナメよお?」
 恐慌パニック叙情リリック想像妄想オブセッション。……その名前をつけた意図が分からない。
「で、そのPLOが、明後日ここの『シルフズガーデン』でライブよ? 燃えない? ねえ燃えない!?」
 PLOをこよなく愛する親友、一咲が私の両手をがしっと握る。そのまま両手を彼女の胸の前にもってきて、異様なまでにきらきらとした目で私を見た。
 ……まったく、この娘の困りどころよ、これ。
 ちなみに、『シルフズガーデン』というのは、私たちの通う公立高校がある街の、ちょっとした外れに作られた、ライブステージ備え付けの多目的公園のことだ。風をイメージし、緑と空色を基調としたデザインからこういう名前が付けられたそうだ。街の活性化事業とか何とか銘打っていたはずだが、そもそもこの街に集客力がないので経営もなかなか終わっているらしいけれど。
「ああ……よかったじゃない、こんな街にそんな有名グループがライブに来るなんて。チケットは?」
 その質問を口にして、すぐにこれはいけなかったと思った。
「ふふふ……あははは……おかげで先月から貯めてた小遣いがパーよぉ……一枚で二名様入場OKだから優奈も誘ったんだけどぉ……なんであんなに高いのよぉ……おかげでライブ盤買えないじゃない……」
 一瞬で、一咲は少女とゾンビの中間のような奇妙な表情になり、声色も妙に変質している。
「……はいはい。ライブ盤ぐらいは買ってあげるわよ、……ところでいくら?」
「三千円」
 高すぎ。私のお小遣い一か月分ちょっと。そんなもの買っちゃったら待ちきれなかったハードカバーの陸自モノが買えないじゃない。軍記モノじゃなくて、自衛隊が天変地異の起きてしまった陸で塩の柱相手に奮闘する話だけれど。まあ、私もPLO自体は好きだからいいかな。たまには。自分のパソコンにCDデータとして保存しておけばいいや。
「……曲の中身は?」
 試しに振ってみたら、一咲の表情が生者と亡者の狭間から、まるでバッチリ何かでキマっちゃってるアブない人の瞳にクイックシフト。
「大ヒットした『誰かさんの手紙』、新曲の『ラグナロク・オーディール』、『ブルー・ダイアグラム』に『ユニヴェール』、それに……」
 熱くPLOの楽曲について語り始めた一咲は周りが見えていない。だんだんと高揚しているのが目に見えて分かる。声の大きさは際限なく大きくなるし、身振り手振りはどんどんダイナミックになる。ただでさえPLOマニアとしてクラスに知れ渡っているのに、これ以上そのマニアっぷりを披露してどうしようっていうの。
 ……というか、なんでライブ前に歌う曲全部把握してるのよ。
「……あとはリッキー・マーティンの"Livin' La Vida Loca"を踏まえて歌詞を書いたって言ってる『偽愛のアフェア』に、フィナーレはデビュー曲の『デヴィーナ・コメディア』! やっぱ善いよね歌詞。永遠の淑女だなんて燃えない?」
 タイトルよく見なさいよ。ダンテの『神曲』ぐらいメジャーなものでしょうに。というよりも、そこは燃えるところじゃなくて感動するところじゃないのかと。
 どうやら全部語り終えたらしく、ぷすん、と煙を上げたのかと錯覚するぐらい急激に顔をうつむけて一咲の動きが鈍った。これだから行動の起伏が激しすぎるこの娘は苦手なのに。
「あー、で、明後日の何時? ……一時半開場だけど」
 がば、と再び一咲が再起動する。
「うん、じゃあ明日の夜から並んで順番取っとこうか」
「……は?」
「ほら、だから明日の夜から並んで順番取っとくのよ」
「……ごめん聞こえなかったからも一度言って」
「ええ、それじゃ明日の夜に並んで順番取っちゃうの」
「……この気狂い……」
「あら、それじゃ一緒に明日の夜行くのよね、優奈?」
「行かないわよ」
「えー、私たちってPLOで結ばれた運命の相手よね」
「気持ち悪いこと言わないで」
「つれないこと言わないで、将来を誓い合った仲よね」
「誤解を招く発言はやめてもらえないかしら」
「……」
「……」
 彼女ははあ、と一息つくと。
「まったく、優奈はファン魂ってのをもうちょっと理解しなさいよ」
 そういって、しつこく追求するのはやめた。
「だってもう二度とないようなライブなのよ? 明日から張り込んで一番前の席で見たいに決まってるじゃないの。それがファン魂なの。PLOチームの他の連中がどんなに急いでも前日張り込みには勝てないの。それなのにこの娘はノリが悪いのね。出るとこは出てて人間としてうらやましい出で立ちなのに。堅物じゃあいつまでたってもオトコとかできないのよ可哀想にふふふふふ……」
 ただし、軽く俯いて、小声で――か細い声で、マシンガンのラップで、妙なことを口走った。
「……聞こえてるわ、全部。一咲」
 余計なお世話だ。そもそもあんたにもオトコなんていないし。
 というより、二日前張り込みするファンっているんだろうか。
「というわけで、私たちは前日泊まり込みで場所取りをすることになったのであった」
「勝手に決めないでよね」というわけでってどういうわけだ。
 とりあえず、話も一段落ついたので席を立った。夏服についた小さなほこりを払い落として、スポーツバッグと学生鞄を持ち上げる。
「それじゃ一咲、また明日ね。……明日、ゆっくり話し合いましょうか」
 最後の言葉に凄みをかける。
 じゃーねー、というパンクで軽い返事を背に聞きながら、私は教室を後にした。




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