「ねえ、アイツってウザくない?」
「そうよねー。なんかあの笑い方がいかにもセンセーの点数稼いでますってカンジぃ?」
「やっぱ気に食わないわね。……とりあえず、さくっとヤっちゃう?」
「いいねソレ。アタシは人数集めてくる」
「私もダチに声かけてみる。いつまであーも笑ってられるか見物(みもの)よね」



nearby



「みなさん、小テストは終わりましたか? 解答を配りますから、隣の人と交換してくださいねー」
(おい赤市、どうするよ)
(えー、オレは黒沢ちゃんには目ェつけられたくないからよ)
「あの、交換……」
「ほい、木島」
 いつものことになった、一人の女子生徒を無視するクラスの行動。
 佐藤マシロ。それが彼女の名前だ。キレイな髪とキレイな心を持った、笑顔の明るい少女――それが、彼女に対してのファースト・インプレッションだった。
 解答プリントが回ってくる。マシロを飛ばすのはクラス全体としては当たり前で、誰一人と自然に、まるで息をするみたいにやっている。わたし――藍川サヤは教室の一番後ろの席で、マシロと同じ列に座っている。
 プリントは、いつものように一枚多い。いつものように余ったプリントを前にいるマシロに持っていこうと腰を浮かせて――
「藍川。……分かるでしょ?」
 隣から声を掛けられた。小テストのパートナー、黒沢マキ。クラスの、いわゆる女番長で、マシロを取り巻く環境を作り出した張本人だ。
 いつものように、睨みつけられて、動けない。
「……先生、プリントをください」
「あれ? ……分かったわ。ほら、これ」
 そうしている間に、またいつものようにマシロは先生から解答を受け取る。クラスが、嘲笑で溢れる。

 笑わなくなったマシロ。ソレを見てご満悦の黒沢やクラスメイト。見ているだけのわたし。
 ……ダメだと分かっていて、わたしは何もできない。なにも、していない。




「……よっし、送信終わり」
 少し離れた窓際の席で、黒沢が小さく快哉を上げた。その少し後で、ケータイのバイブ音が響く。……マシロのだ。
 マシロはケータイのフリップを開いて、すぐに閉じた。見える横顔に、何も感情が映っていない。まるで、機械だ。
「なにマキ。まだやってんの?」
 そう声を掛けたのは、黒沢のグループの中でも特に目立つ女子生徒、シキだ。
「いいじゃない。ホントウノコトをオシエテあげてるだけなんだし」
 以前、部活の友達が誇らしげにそんなメールを見せてくれた事があった。
 ――『世間様の恥とは思わないの?』とか、
 ――『社会の邪魔なんで死んでください』だとか、
 ――『事を起こすなら早めにしてくれ』だとか。
 初めて見たときは、目の前が真っ暗になった。
 ――あのメールは、およそ同じ高校生が、同級生に送るようなものとは思えなかった。

 それを、マシロはたった一人で耐えている。

(ねえ、まだアイツいるの?)
(さっさといなくなればいいのに。わたしたちにとっちゃ邪魔なのよ)
 クラスメイトの女子がごちゃごちゃと言っているのが聞こえる。マシロの席の近くで、ひそひそとやっているつもりでもわたしの席まで届いている、聞こえよがしの嫌味――。
「まだ続いてるの、あのいじめ?」
 友人の一人、アキがその話題を振って、弁当の蓋を閉じた。
「結構続いてる。……なにも、わたしはできないけど」
「マシロちゃんも何も言わないしね。センセイも知らないんじゃないかな?」
 はさまれたナツの言葉に、アキが首をひねった。
「なんで、いじめられてるんだっけ?」
 軽い、胸の痛みを感じながらわたしは答えた。
「……分からないよ、そんなの。最初は、本当に笑顔がキレイだったよ。でも、いつぐらいからかクラスぐるみで無視されて、ひどい扱いされて……今じゃ、全然笑わない」
 アイマイね。アキはそう言って顔を伏せて、口を開いた。
「正直に言って、私はなんで“いじめる”のかが分からない。幼稚な事じゃない?」
「退屈しのぎ? それとも、仲間を作りたいだけじゃないの。それか、適当に挙げたスケープゴート」
 さすがに、聞き捨てならなかった。
「怒るよ、ナツ。その言いかたはひどすぎ。……誰にとっても」
 ナツは嗤って返した。
「あんたは優しすぎだよ、サヤ。あたしは別のクラスだから、このクラスのことはよくわからないけど。
 そこまで言うなら――あんたは何かやったわけ? いじめた側? いじめられた側?」
「っ……!」
 握っていた箸が、床に落ちた。
「先生たちに言った方がいいと思う?」
 そう問うたのは、アキだ。
「……告げ口みたいで、イヤだけど……でも、マシロちゃんのことを考えたらそれがいいよね。サヤ。あんたはどう思う?」
 わたしは、答えられない。
 ヒドイ奴だ、と思われるかもしれない。マシロのイジメはじきに終わるだろうと考えていたし、わたしにはあまり関係がないと思っていたから。
 そう考えて、初めてマシロと話したときの、キレイな笑顔がココロに滲んだ。
 ――タスケテ。
 ――ナニモシテクレナイノ?
 もう思い出になってしまっている彼女の笑みが、わたしには、痛い。
「……答えられないんなら、いいよ。すぐに答えだせる問題じゃないし、ね。
 数学の証明問題とは違うんだ。でも、誰かひとりの問題でもない。――これは、みんなの問題だよ。学校規模の、ね」
 ナツがそう言って、予鈴が鳴り響く。
 わたしより、違うクラスのナツがマシロのことを思いやっている事に、わたしはどうしようもなくみじめになった。




 放課後、もう部活も終わる時間だ。必死に机に向き合っていたわたしは、後ろから肩を叩かれた。
「サヤ、溜まってた宿題は終わった?」
 ナツのそっけない言葉が、耳に滑り込んできた。最後のイコールを書いて、証明終了。
「全ッ然。二時間で数学のプリント二枚ってどう?」
「遅すぎね。ま、一枚も出さないよりマシじゃない。とりあえず、出して帰ろ。アキも待ってるよ」
 鞄に筆記用具をしまい込み、掴んで立ち上がる。
「じゃ、出してくるね」

「茶野先生……って、マシロ?」
 職員室の中で、茶野先生――担任で、数学の先生――とマシロが話していた。俯いて喋るマシロの頬からは、透明な何かが絶えず零れ落ちている。茶野先生はマシロを抱きしめるようにしてなだめている。
「いじめについて……かな」
 後ろから追いついてきたアキが、感慨深げに呟いた。
「すごく出しにくい雰囲気だけど。サヤ、待つ?」
「いや、いいよ。明日でも大丈夫だし」
 昇降口を過ぎ、校門で、わたしとアキ、ナツの二手に分かれた。
「ばいばい、ナツ。また明日ね」
「んじゃ、そういうことで。じゃーね、サヤ、アキ」

「今日もまたあっという間、だったなあ……」
「ねえ、サヤ」
 アキが、真面目な固い声でわたしを呼んだ。
「さっきナツには話したんだけど、マシロちゃんへのいじめ、どうにかできないかな?」
 心臓を、わしづかみにされたような気がした。
「私もナツと同じでサヤとは違うクラスだけど。このままじゃ、余所者の私から見ても大変な事になるって分かるぐらい、今のサヤのクラス、おかしいよ」
 深呼吸して、アキは俯いた。
「私も、昔、いじめられた事があるの。だから、なんとなくだけど、マシロちゃんに共感できるんだ。……誰も周りにいなくて、さびしがってると思うの」
 いじめについて考えなくちゃいけない。だから、力を貸して。――アキは、そう言った。
 ハンマーで頭を殴りつけられたような衝撃が、全身を駆け抜けた。
「急な話でゴメン。だけど、今日の昼休みのことを見たら……何かしないと、って思って。考えてもらえないかな? 返事は、いつでもいいから」
「……うん」
 私は、力なくうなずく事しかできなかった。

 どうして。
 近いはずの私より、遠いはずの彼女たちの方が、親身になってマシロのことを考えていられるんだろう?


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