――立ち上がって、お前たちの愛を俺に見せてくれ。
 久住優奈とその連れを追い詰めるときに、少年はそう言った。

 けれどその実。
 少年は、愛をどこに向けるものなのかが分からない。

 彼の両親は医師で、金銭的には裕福な家庭だった。モノは過剰なときこそあれ不足することなく与えられ、彼の物欲はほとんどなかったと言ってもいい。もう、枯れ果てていたのだ。
 しかし両親は忙しく、幼少のころから彼は独りにされることが多かった。両親の親戚筋はどこも遠い県に住んでいて、祖父、祖母は彼が生まれる前に他界。夕食はレトルト食品が朝に準備され、インスタント食品の作り方は物心つく前に教えられていた。団欒という団欒は持つことなく、彼は少年時代を過ごしてきた。
 そんな少年に両親が与えたのは、コンピューターをはじめとした電子機器。少しでも外の進んだ世界に触れてくれれば、と彼らは自分の息子の将来に期待していたのだろう。
 けれど、それを遊び道具としてしか少年は見なかった。
 ソリティアやマインスイーパーに始まり、インターネットが使えるようになってからは掲示板によく書き込んだ。実用的な知識を集めるのは学校にレポート提出を迫られたときだけで、両親の遺伝かそれなりに成績のよかった彼は、ずっと電子世界に沈んでいた。
 それでどんな人間が出来上がるかは、想像に難くない。コミュニケーションが苦手な一人の少年が、自分の世界の中に閉じこもっているだけで、そして親もそれを矯正しようとはしなかった。
「無駄なものは必要ない」。中学校に入ってからは、少年は自分の欲望を満たすモノだけを欲するようになった。
 自分の世界は、どこまでも気持ちがよかった。
 誰にも妨げられることなく快を貪り、王様は自分で、誰だって自分に逆らえない世界からは、誰だって出たくないものだ。自分の部屋にこもる時間が日に日に長くなり、遂には一日中黙々とディスプレイに向き合い続けた。
 この頃にはもう、親は少年に見向きもしなくなっていた。自分たちの優秀な息子なんだ、手間をかけさせないで助かっている――世間にはそう言って、そして実は本音もそうで――自分たちの仕事に没頭していった。少年に止めを刺すには十分なほど、彼らは彼らだけで完結していて、実の息子に何も向けてやらなかった。そして少年も、そんな親に悩みを打ち明けることもなかったし、抱く悩みもなかった。
 高校進学のときも、少年は余裕で地元の高校に合格。
 挫折を味わうことなく、愛情を知ることもなく。
 十六年以上の日々を、生き続けてきた。

    †

「だけど、もう違う」
 引き連れた千人を超える従者。音楽をあまり愛さない少年にとって、PLOの連中はノイズメイカーでしかなかった。けれど『彼女』が悲しむといけないと思い、あの時は歌わせ続けていた。
「もう、違うんだ、俺は」
 少年の右手が、傅く頭に優しく載せられる。
 レースで編まれた綺麗なホワイトブリムが黒髪の上で揺れる。ややウェーブのかかった黒髪を撫で、少年は『彼女』を見た。
「俺は――――」
 俺に何も向けてくれなかった親を憎悪する。
 そして何もできなかった両親を、超越する。
「なあ、」
 お前の愛を俺に見せてくれ。
 俺も、俺の愛をお前に見せるから。

 歪んでいびつ。
 愛を受けずに生きた人間が愛を知ることはできない。
 そんな少年が愛を与えようということが歪んでいるということに、彼は気付いていない。






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