祈り、願い、果てに誓う。
 あなたの腕の中で眠りたい。
 祈り、願い、届かなくても。
 わたしは誓う。
 可能性に溢れる空の下で、有限の無限大の果てを越え。
 空を飛んであなたの胸に抱かれたい。
 今のわたしたちの気持ちよ、ソラの果てまで飛んでゆけ。


―――― ending roll / prayer, longing and oath
(or Panic Lyric Obsession)




    ◆


 PLOライブで暴動――――原因調査中

 昨日、倉潮市のシルフズガーデンで行われたパニック・リリック・オブセッション(以下PLO)の全国ツアーライブ中、観客が突然暴動を起こしていたことが明らかになった。
 運営委員は「凄まじい勢いでドアに体当たりしたりドアをぶん殴ったりしていた」と証言している。しかし、その音も行動も聞いた見たという証言が非常に少ないため、警察も頭を抱えているようだ。一方、高校生ぐらいの背丈の人物が透き通る剣を振り回して暴徒を鎮圧していた、というファンタジーな目撃証言も存在する。暴動騒ぎの間も演奏はずっと続いていたらしく、PLOのボーカルである桜庭宗司氏(25)は、「(暴動には)全く気がつかなかった。夢の中で演奏しているようだったし、ふと気がつくとライブステージの観客席はもぬけの殻だった」と発言している。
 通報がなかったことから警察もこの事態は把握しておらず、運営側のドアマンやガードマンは真っ先に逃げたと言われている。PLOのファン層は高校生を中心とした若年層が最も厚く、今回のライブは安全を軽視しすぎて失敗に終わった。PLO自体も、もっと安全性を高めたライブをできるようにと以降のライブを一週間ずつ延期することを発表。
 倉潮市は、三年前に衆参両院で可決され、大幅に変更された教育法をベースに経営される上級学校(中学・高校を統合した新しいスタイルの学校)の国営モデル校が来年度から開校する予定であり、この時期の大規模なトラブルはあまり望ましくない結果といえる。
 …………

 †

 ライブが終わって、次の月曜日。
「じゃーん! 見て見て優奈、PLOメンバー全員のサイン貰ってきちゃった」
 日常に復帰した――いや、私たちが無理矢理引き戻した――一咲が、六枚の色紙を嬉々として机の上に広げた。桜庭、御坂、高木、鷲見、塚原、そして全員が寄せ書きしたPLOのロゴマーク(一枚の白い羽根に、五線譜と花びらが絡みついているようなデザイン)入りのサイン計六枚で、どれも本物だった。
 声が大きかったらしく、クラスメイト全員が私たちのところに集まってくる。机の上を覗きこみ、おいちょっと待て本当かよ、ウソォ、マジモノじゃん、一咲ちゃんすごいじゃない、などと言いながら盛り上がっていた。
 だけどきっと、みんなはこの色紙をくれとは言い出さない。
 一咲はPLOの熱狂的ファンだということはみんな知っているし、彼女が(表向きは)繊細だってことも分かってる。本当は図太くて、自分の欲しいものには何にだってまっすぐ進んでいく。うらやましいくらいに前向きで、正直私では不釣合いな友達だと思ってた。けれど――きっと、私は一咲を絶対になくしたくないんだと、今回の事件で気付いてしまった。
 別に、恋人とかそういう意味で失いたくないんじゃない。親友として、そして何より、私の理解者として、笑っていてほしい。
 喧騒に満ちていく机の上から、教室の後ろに貼り出された集合写真を見やった。出席番号順に並んでいて、一咲は笑っていた。少し離れた位置に立っている私は仏頂面で、そういえばこの頃に日阪と初めて会ったなとどうでもいいことを思い出した。
 ほとんど全員が、輝くように笑っている写真。青春の一ページとか何とか銘打てる上質な絵画は、私の仏頂面でややスポイルされていた。
 じっくりと見ると、もう一人、仏頂面がいた。
 立ち位置は先頭、つまり出席番号一番、有本秋晴。
 顔の輪郭に見覚えがあった。
 やや丸みを帯びた顔に、ほんの少しだけ小太りと言えそうな体型。髪を伸ばせば、ちょうど一昨日に会って私が打ち倒した《名前有り》の頭と一致する。
 クラスメイトを手にかけていた。事実として受け止める前に、心がえぐれる。そして、そのことにすら気付かなかった自分を呪った。ついでに言えば、自分の名前を書いた藁人形は家に常備してある。
 《名前》――ただそれが、思い出せない。
 無駄はいらない、自分が欲しいものだけが欲しい。有本にとってはそれが「愛」だったのだろう。ただ、その方法が歪みすぎていただけで。
 自ら王になって、他者に愛の献上を強制する。
 馬鹿らしいとは思う。けれど、彼は愛という感情そのものを向けられることなく生きてきていた。それがどれだけ辛いことかは、私には想像すらできない。そして、彼が愛をどう解釈していたかも。
 十人十色すぎる世界の彩色。ステレオタイプな愛があればそれが基準になるのだろうけれど、心のやり取りを一般常識化するような社会があれば、それは全体として病んでいるとしか言いようがない。記憶をリッピングしてデータだけ――出来事から感情を切り離して残すなんてことはできないし、もしできたとしたら、それは味気どころか現実味すらない、おとぎ話にもなれない出来損ないの世界の記録になってしまう。
 ……世界の、記録。
 世界は私たちをどんな気持ちで見ているのだろう。
 環境を食い潰す寄生虫か、それとも万物の霊長としてなのか。調べることはできないし、想像することもできない。
「ねえ優奈」
 写真を見ていた私に、一咲は優しく肩を叩いて言った。
「ライブ、どうだった? あたし覚えてないのよ」
 不安げな表情を見せる彼女に、心が少しだけ凍りつく。
 だけど、答えはもう決まっていた。
 精一杯自然に装った作り笑いで。
「――最高よ」
 ほんの少しだけ笑う彼女に、私の心は融けていく。
 そうだ、答えどころか、私の思いはもう決まってる。




 祈り、願い、そして誓おう。
 私は、一咲と一緒に、この青春を謳歌したい――。




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